クラシック音楽のドビュッシーといえば、幻想的でどこか東洋的な雰囲気を持つ作風が人気ですよね。
実際に日本にインスピレーションを受けたと言われる曲も数多くあって、私たち日本人にも馴染みやすいクラシック音楽です。
ドビュッシーは1900年代前半に活躍した「割と最近の人」なのですが、どんな人生を送ったのでしょうか?
この記事では、ドビュッシーの半生とともに名曲を紹介していきます!
目次
ドビュッシーってどんな人?
ドビュッシーは1862年生まれ、1918年に亡くなったフランスの作曲家です。
貧しい生まれでしたが、親戚や両親の知人に才能を認められ、幼少期から有名な音楽家から無償でレッスンを受けていたと言われています。
その後、なんと10歳でパリ音楽院に入学。
へみ
当時はピアニスト志望だったそうです。
10代後半からは作曲家を志すようになり、そこからはローマ賞をはじめ数々の賞を総なめし「一流作曲家」の仲間入りを果たしました。
ドビュッシー音楽の特徴は?
ドビュッシーの作曲法は、従来のクラシック音楽の決まりごとに囚われない手法。
全音音階や、東洋の音階を取り入れたりした斬新な響きは後世の作曲家たちに多大な影響を及ぼしました。
へみ
全音音階は、1オクターブを6等分した音階です。着地点がないような、やや不安定でミステリアスな音階です。
ドビュッシーの音楽は、同じフランスのラヴェル・ミヨー・プーランク・メシアンや、ガーシュウィン以降アメリカのジャズ音楽のベースにも使われています。
ドビュッシーの性格は?
美しい音楽とは裏腹に、ドビュッシーはかなり気難しい性格だったと言われています。
音楽院時代にはズバズバ否定的な意見を言う(いわゆる”いちゃもん”)シーンが多く、友人や教授も距離を置いていたというエピソードが残っています。
へみ
反面、女性関係は奔放でした。
2股は当たりまえで、恋人たちが自殺未遂を起こしたこともしばしば…
そのたびに友人たちから幻滅され、交友関係が狭まっていきました。
ドビュッシー珠玉の名曲7選を半生とともに紹介
それではドビュッシーが作曲した曲のうち、大人気の7曲を紹介していきます!
ドビュッシーの作品は「組曲(いくつかの小品が集まった曲)」が多いので、どの曲もさくっと聴きやすいですよ。
二つのアラベスク
作曲年:1888年
当時の音楽家の登竜門、ローマ賞を受賞したドビュッシー。
副賞である「イタリア留学」で渡伊したものの、雰囲気になじめず早めにパリに戻ってきてしまいました。
このアラベスクはバッハの旋律を意識したものだと言われていて、まだ若いドビュッシーが先人たちの曲をベースに試行錯誤している様が読み取れます。
アラベスクは唐草模様という意味で、まるでメロディーが模様を描くように絡み合うのが印象的です。
ちなみにこの曲は、【集中力を高めるクラシック音楽】という記事でも紹介しています!
ベルガマスク組曲より 月の光
作曲年:1890年
この曲が作曲された頃、パリでは万国博覧会が開催されました。
パリ音楽院で「音楽の規則」を叩き込まれていたドビュッシーは、インドネシアのガムラン音楽の生演奏に衝撃を受けたそうです。
へみ
以降は、西洋音楽の規則に囚われない音楽を追求するようになりました。
この曲は東洋テイストではないものの、クラシック音楽よりもっと昔の「教会旋法」を用いています。
長調・短調とはっきりさせず、様々な感情が読み取れるのが魅力的ですよね。
こちらは【よく眠れる睡眠効果のあるクラシック音楽】でも紹介しています!
牧神の午後への前奏曲
作曲年:1894年
もともとピアニスト志望だったこともあり、作曲はピアノ曲中心だったドビュッシー。
へみ
ですがこの「牧神の午後への前奏曲」でオーケストラ曲の新境地も切り開きます。
牧神であるパンの笛(パンフルート)を連想させるフルートから始まるこの曲ですが、フルートのメロディは「一番響きにくい音域」で構成されているんです。
それが逆に、暖かい日の昼寝の気怠い雰囲気を引き立てていますよね。
この曲は【春に聴きたいクラシック音楽10選】にピックアップしています。
版画より 雨の庭
作曲年:1903年
ドビュッシーはこの年、フランスで最も名誉ある勲章のひとつ「レジオンドヌール勲章」を授与されました。
へみ
この版画をはじめ、この時期発表した曲はいずれも初演で大好評だったそうです。
東洋風の音階や教会旋法など、ヨーロッパのクラシック音楽に囚われない作曲をしていたドビュッシーですが、この曲は別。
モチーフはフランス民謡で、音階も古典派・ロマン派のようなクラシック風な部分も多いです。
交響詩「海」
作曲年:1905年
この年はドビュッシーのプライベートで大波乱が起きた年でした。
最初の妻と離婚したのですが、これは弟子の母親と不倫関係にあったからなんです。
作曲家として成功していたドビュッシー。この出来事は一大スキャンダルとなり、友人もほとんど離れてしまいました。
へみ
そんな中発表された交響詩「海」ですが、レコードの表紙がなんと葛飾北斎の神奈川沖波裏なんです!
日本の浮世絵にも精通していたというドビュッシーですが、もしかするとこの曲は日本の海を表現した部分があるのかもしれませんね。
子供の領分より ゴリウォーグのケークウォーク
作曲年:1908年
弟子の母親と不倫関係にあったドビュッシーですが、その女性とはほとぼりが冷めた頃に結婚します。
へみ
そして生まれた娘(ドビュッシーにとっては初めての子供)を溺愛し、この「子供の領分」を作曲して献呈しました。
この「ゴリウィーグのケークウォーク」は、当時大人気だった黒人モチーフのキャラクター(ゴリウォーグ)が、これまた流行っていた黒人のダンス(ケークウォーク)を踊っている様子が表現されています。
クラシック音楽とアフリカ音楽が組み合わさった歴史的に貴重な音楽で、のちのジャズやポップスにも繋がっていくと考えると面白いですよね。
前奏曲集第1巻より第8曲 亜麻色の髪の乙女
作曲年:1910年
ドビュッシーの前奏曲集は2巻からなり、全24曲が収められています。
前奏曲集はドビュッシーの集大成でもあり「色彩を音で表現する」というドビュッシーの境地が垣間見えます。
スペインやスコットランドなど、異国情緒あふれる曲も多い中、この「亜麻色の髪の乙女」は少し変わったイメージです。
へみ
実はこの曲、ドビュッシーの初期の作品を編曲したものなんです。
高踏派の詩人リールの詩をもとにした歌曲が元の曲で、初期の作品らしく調性がはっきりしています。
変ト長調(ソ♭が主音で、♭が6つ付いた調)という柔らかい響きを持つ調なので、調性がはっきりしていても「幻想的」な雰囲気が漂っていますよね。
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ドビュッシーは大人気の作曲家なので、たくさんの演奏家がドビュッシーの演奏CDを発売しています。
古典派やロマン派の作曲家と違い、ドビュッシーは演奏家によって曲が全然違って聴こえるのもまた魅力です。
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