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ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲入門|大フーガと最晩年の到達点
1824年、「第九」を世に問うたベートーヴェン(ベートーベン)に残されていたのは、わずか3年足らずの歳月でした。完全に音を失い、甥カールの問題に心をすり減らすこの最晩年に、彼が情熱を注いだのは、大編成の交響曲ではありません。 弦楽器四つだけの... -
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ベートーヴェン像を捏造した男|秘書シントラーの嘘を検証する
私たちが思い浮かべる「ベートーヴェン像」――苦悩と闘い、運命をねじ伏せた孤高の楽聖。この像を最初に大きく描いたのは、本人ではありません。 死後に最初の本格的な伝記を書いた、元秘書アントン・シントラーです。そして20世紀後半、そのシントラーが資... -
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ベートーヴェンの死因は何か|二転三転した「鉛中毒説」のいま
ベートーヴェン(ベートーベン)は1827年3月26日、56歳で世を去りました。長い闘病の末のことです。 何が彼の命を奪ったのか――この問いは200年にわたって論じられ、近年、遺髪の科学分析によって大きく動きました。とりわけ有名なのが「鉛中毒説」です。 ... -
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「運命はこう扉を叩く」は本当か|交響曲第5番の呼び名を検証する
ジャジャジャジャーン――。クラシック音楽でもっとも有名な四つの音に、日本では「運命」という呼び名がついています。 由来としてよく語られるのが、この逸話です。冒頭の四つの音は何を意味するのかと問われたベートーヴェン(ベートーベン)が、こう答え... -
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ベートーヴェン「第九」はこうして生まれた|シラーの詩から年末の風物詩まで
世界でもっとも広く知られた旋律のひとつである「歓喜の歌」は、一夜にして生まれたわけではありません。その種が一人の青年の胸に蒔かれてから、交響曲として響くまでに、30年以上の歳月が流れています。 この「交響曲第9番」がどのように生まれたのかを... -
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ベートーヴェンの難聴はいつから、なぜ|補聴器・会話帳・最新研究
音楽家から聴覚を奪う。運命の仕打ちとして、これほど残酷な取り合わせはありません。 けれどベートーヴェン(ベートーベン)の難聴は、ある日突然すべての音を奪ったわけではありませんでした。30年ちかくをかけて、ゆっくりと進行したのです。 その長い... -
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ベートーヴェン「ハイリゲンシュタットの遺書」|全文訳と背景
ベートーヴェン(ベートーベン)が残した文書の中で、もっとも有名で、もっとも胸を打つもの。それが「ハイリゲンシュタットの遺書」です。 31歳の作曲家が、二人の弟に宛てて書いた手紙の形をとっています。けれど、これが投函されることはありませんでし... -
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ベートーヴェン「不滅の恋人」は誰か|宛名のない手紙の謎を追う
ベートーヴェン(ベートーベン)の死後、仕事机に細工された秘密の引き出しから、二点の女性の細密画とともに、一通の手紙が見つかりました。鉛筆で書かれた、十ページにおよぶ熱烈な恋文です。 宛先には「私の不滅の恋人」とだけ記され、相手の名前も、書... -
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ベートーヴェンの生涯【後編】|傑作の森から「第九」、最期の日まで
「ハイリゲンシュタットの遺書」で死を見つめたベートーヴェンは、そこから立ち直り、耳が聞こえないまま「英雄」「運命」「田園」、そして「第九」を世に送り出していきます。絶望を越えた先にあった、実り豊かな後半生。 この後編では、傑作が次々と生ま... -
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ベートーヴェンの生涯【前編】|ボンの神童はなぜ沈黙へ向かったのか
楽聖と呼ばれるベートーヴェン(「ベートーベン」とも表記されます)は、音楽家にとって命ともいえる聴覚を、人生の絶頂で失いはじめました。ボンに生まれた一人の少年が、どのようにウィーンの頂点へ駆け上がり、そして「ハイリゲンシュタットの遺書」を...
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