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クラシック音楽のシベリウスはどんな人?フィンランド国民に愛された半生を辿る

シベリウスというフィンランドを代表する作曲家をご存じですか?

北欧のノスタルジックな民族音楽を取り入れた曲の数々は、フィンランド国内だけでなく世界中にファンが多いんです。

へみ

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私もシベリウスの大ファンなのですが、ベートーヴェンやモーツァルトよりは知名度が低いのが残念です

この記事では作曲家シベリウスの半生を、代表曲5つとともに紹介していこうと思います♪

シベリウスってどんな人?

まずは、シベリウスの人物像や作品の特徴について紹介していきます。

シベリウスはフィンランド国内ではかなり人気のある人物です。

へみ

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葬儀は国葬、ユーロ導入前までは貨幣に肖像画が描かれるほどでした。

なぜならシベリウスは音楽界のみならず、フィンランド人のアイデンティティを象徴する存在として活躍したからなんです。

ロマン派後期~20世紀にかけ活躍したフィンランドの作曲家

シベリウスは1865年生まれのフィンランド人作曲家です。

彼が生まれたときのフィンランドはロシア統治下にあり、彼が30代になると圧政が厳しくなってきました。

そんな中、フィンランドの民族音楽を取り入れたシベリウスの音楽は大人気。

フィンランド人の愛国心や士気を高める曲を数多く作曲したシベリウスは「国民的英雄」として今もフィンランド国内で愛されています。

シベリウスの作風

シベリウスは、音楽史でいうと後期ロマン派~近代音楽で活躍しました。

初期の作品は、彼より少し前に活躍していたリストやチャイコフスキーに影響を受けていて華やかさが目立ちます。

ロシア5人組やマーラーと交流するようになってから書かれた後期の作品は、内省的でモチーフが断片的に表れるものが多いです。

へみ

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一貫しているのは「フィンランドらしさ」が取り入れられていることで、どこか寂し気なメロディに心打たれます。

シベリウスの人物像

シベリウスの人物的なエピソードはあまりないのですが、作曲家の中ではかなり社交的な性格でした。

頻繁に演奏旅行を行い、同世代の作曲家や芸術家と交流し、フリーメイソンの立ち上げにも貢献。

一方交流のなかで度々お酒を飲みすぎることがあり、体や精神的な不調で家族の負担は大きかったそうです。

シベリウスの半生を5つの名曲とともに辿る

それでは、シベリウスの代表曲5つとともに彼の半生を辿っていきましょう。

シベリウスは音楽家としてのデビューはかなり遅め。

幼少期よりピアノやヴァイオリンのレッスンは受けていたものの、最初に入学した大学は法科大学でした。

へみ

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すぐに音楽院に入りなおしているので、本当はずっと音楽をやりたかったのでしょうね。

20代の頃は作曲の基礎を身に着けるための勉学にはげみ、ヨーロッパ各地の留学を経てインスピレーションを高めていきました。

交響詩「フィンランディア」

作曲年:1899年(33歳)

地方のイチ作曲家として活動していたシベリウスが一気にスターになったのがこの曲です。

ロシア皇帝ニコライ2世の圧政が強まりつつあったこの年、愛国劇とともに演奏されたのがフィンランディアでした。

へみ

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もとは合唱曲でしたが、幾度か改定され今の形(管弦楽+合唱)になっています。

愛国的な歌詞はもちろん、フィンランドらしさあふれるメロディや、心を焚きつけるような勇ましさが魅力です。

ちなみにこの曲はテンションが上がるクラシック曲7選でも紹介しています。

交響曲第2番 ニ長調

作曲年:1902年(36歳)

シベリウスの交響曲の中で一番演奏される機会が多いのが第2番です。

フィンランディア以来、シベリウスは発表する曲が次々にヒット。人気絶頂期に発表された交響曲第二番は、まさにシベリウスの真骨頂と言えるでしょう。

へみ

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全楽章通して表現されているのは「フィンランドの自然」です。

弦楽器のキラキラした風の音、透明感ある木管楽器は動物や妖精を思わせます。

3楽章から4楽章は途切れなく演奏されますが、盛り上がりがすごい!

きっと初演ではヘルシンキの人々が熱狂したことでしょう。

ヴァイオリン協奏曲

作曲年:1904年(38歳)

交響曲第2番の3年後に発表されたヴァイオリン協奏曲。でも、この曲はあまり評判がよくありませんでした。

このころシベリウスの曲は酷評されることが増えてきて、シベリウスは酒に走ったり幼い子供を3人も抱えた妻を置いて単身都会に住み着いたりと、やや自暴自棄(?)な生活をしていました。

へみ

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落ち着いたのはヴァイオリン協奏曲が書かれた年の秋です。

「アイノラ」と呼ばれるシベリウスの住まいがフィンランドの大自然の中に完成し、落ち着いて作曲ができるようになりました。

アイノラには亡くなる91歳まで住んでいて、フィンランドの自然をモチーフにした数々の名曲は、アイノラなしに作られなかったかもしれません。

5つの小品 作品75より第5曲「樅の木」

作曲年:1914年(49歳)

この年、第一次世界大戦が勃発しフィンランドも大混乱となりました。

シベリウス自身も収入が激減し、小さな作品を数多く出版社に収めることで生計を立てることに。

そんな小品たちの中で今でもコンサートピースで人気なのがピアノ曲の「樅の木」です。

へみ

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樅の木、というとクリスマスの華やかなイメージですが、この曲はフィンランドの冬の厳しさが垣間見えます。

冷たく激しい風が樅の木に吹き付けるような、荘厳な曲となっています。

交響曲第7番 ハ長調

作曲年:1924年(59歳)

世界大戦の混乱が落ち着くと、シベリウスはコペンハーゲンやイングランド、ノルウェー、ストックホルムなど世界各地を演奏旅行で訪れます。

忙しさの中で完成させた交響曲第7番は、シベリウスにとって久々のヒット曲となりました。

へみ

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交響曲にしては珍しく単一楽章の形で、大きく分けて3楽章を切れ目なく演奏するスタイルです。

初期の華やかさは薄れたものの、内省的で深みがある雰囲気が魅力。

低い音がしっかり効いているので、重低音に強いイヤホンやスピーカーで聴くのがおすすめですよ♪

シベリウスの晩年

シベリウスは59歳で交響曲第7番を作曲した後、91歳で亡くなるまでほとんど作品を発表していません。

へみ

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創作意欲はあったようなのですが、多忙な生活のストレスや過度な飲酒で精神を病んでいたそうです。

ただ「フィンランディア」など代表曲はラジオやCDの収録などで頻繁に演奏されていて、指揮者として人前に出ることも珍しくありませんでした。

また、住まいであるアイノラに親族や要人を招いて和気あいあいと過ごすなど、穏やかな晩年を過ごせていたようですね。

フィンランド中に愛されたシベリウスは亡くなる日もラジオで彼の曲が流れていただけでなく、盛大に国葬も行われました。

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北欧テイストが魅力的なシベリウスの楽曲。

1900年代に活躍した作曲家とあり、本人指揮の名盤も数多く残されています。

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